この恋と、その未来。 -二年目 秋冬- を読み終えて(感想記事ネタバレあり) 前篇
まず初めに。
この記事は先日、5月30日に発売された「この恋と、その未来。 -二年目 秋冬-」の感想記事です。
その為、本作品の及び既刊作品、特に前作「東雲侑子」シリーズの重大なネタバレが含まれております。
また、既にご存じの通り「この恋と、その未来。」シリーズはいわゆる打ち切りという結末を迎え、著者である森橋ビンゴ先生も今作の執筆を持ってライトノベル業界からの引退を表明されております。
本記事では、そういった打ち切りやそれに伴う出版業界などの批判、及びそれに付随した感想を極力排除した「純粋」な新刊の感想を文字に起こしたいと考えております。
予めご了承くださいませ。
私自身言いたい事や思うことは山ほどありますが、この場では申し上げません。
それが、「この恋と、その未来。」シリーズ。
並びに「東雲侑子」シリーズを手掛けた先生方への最大限の恩返しであると考えているからです
長くなりましたが、感想に入ります。
↓以下本編及びネタバレあり
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特典情報(あとがきに一部角川への批判記事あり)
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ー二年目 秋冬ーのあらすじ
この恋と、その未来。 ―二年目 秋冬―
ISBN:978-4-04-734141-8 定価(本体650円+税)
――だから未来、お前はただ去るだけで良かったんだ――
山城との一件で三好を傷つけ、未来の信頼も失ってしまった四郎は、父の誘いで京都を訪れた。そこで三並と西園から、未来とともに結婚式に招待され困惑する。しかし未来から真実を知らされ、以前と変わらず接してくれる和田と梵、そして広美のおかげで徐々に日常を取り戻していく。そんなある日、梵に望まない婚約者のことを相談された四郎は、未来の妙案で仲間達と団結し、彼女を助けるため文化祭で一芝居打つことにするのだが――。待望の、第五幕。
前作「二年目 -春夏-」で守りたかった全ての関係を失ってしまった四郎。
そんな彼が父に誘われ、京都を一人訪れるところから今作の物語は始まります。
そこで、あらすじに書いてある通りの展開になるわけなのですが・・・
私個人の活動として、前作「東雲侑子」という作品は非常に思い入れのある作品なんです。
それこそ30人近くに布教してきましたし、東雲侑子の初刊である
「東雲侑子は短編小説をあいしている」を30冊以上購入した私にとって、
「東雲侑子」と「三並英太」の二人の存在は特別なわけです。
そんな二人が今シリーズで結ばれる。
「侑子」と「英太君」っていう呼び名を見た瞬間に涙が溢れました。
それだけこの二人のことが好きだったし、こうなって欲しいと心から願っていました。
変わらない二人が、いい意味で変わってくれた。
それは、前作から今作「この恋と、その未来。」シリーズを愛読してきたからこそ大きく感動できたと感じております。
本当におめでとう。
さて、四郎はその後二人から結婚式への招待状を貰います。
やはり、そこには四郎だけではなく未来も含まれているわけで。
大方の予想通りではありました。未来は前巻まで要と付き合っていましたし、この問題は新刊のあらすじを読んだ際から絶対にぶつかる問題であると予想していましたので。
ただ、未来との関係がこじれてしまった上に全ての関係が壊れてしまった四郎がどう動くかが今作の個人的に注目部分でもあったので。
四郎と未来はどこかのタイミングで決別をすると思っていました。
過去記事でも書いたかもしれませんが、歪な関係の二人でしたし、二人が未来へ進むためには一度関係をリセットする必要があった。
この作品の本当の意味でのエンディングって、四郎と未来の二人が結ばれることじゃないんですよ。
それこそ性別は男女と別れていますが、二人は男同士です。
だからこそ四郎は未来への恋慕を断ち切らなければならないわけですし、それを知った未来はそれを乗り越えなければならない。
だから前巻の破滅的な終焉を迎えてしまったわけですが。
その為、序盤の流れは前巻との対比としても読むことが出来ますし、四郎が進むべき道の兆しを描いたのかなと。
そんなボロボロの四郎に道を示したのはやはりこの二人。
四郎の父である「松永正樹」と前作主人公の「三並英太」
一つの転機になると思ってはいたけど、予想以上に短かったのが本音です。
ただ、その短い内容で非常に密度が高かったかと。
「恋愛は傷つくもの」、「若いうちは何でも真面目にやればいい」、「不真面目にこなすためには多くの経験が必要」
結局恋愛って何やっても人を傷つけるものなんです。
それは、好きな人と自分という二者だけの時もあります。
それ以外に自分の好きな人のことを好きな人がいれば、その第三者を傷つける時もある。
それこそ傷つけたくない、傷つきたくない言っていて成功することなんてこと恋愛においてはありえません。
そんな人の心の揺れ動く様が、人という不完全なものをここまで魅力的に魅せる。
だから恋愛って素晴らしいんですよ。
それを知らないからこそ、正攻法で進もうとする。
それがいわゆる「若さ」というわけでして、その経験を積むことでだんだん大人になっていく。
何事もそうですが、正攻法を知ればおのずと手を抜くことを覚えます。
その手を抜くようになるのがある意味メリハリをつけることですし、それが大人になることです。
だからこそ、その熱意を見るたび大人は若いなというわけでして。
クズと称する四郎の父親ですが、本質的な部分は実は真面目なことや心理をついております。
それでも若干アウトな部分は多々ありますが(笑)
そしてそんな父親とは別の視点で四郎に接したのが、前作主人公の英太。
正直言うともう少し、四郎にあれこれ言うのかと思っていた。
でも、考えてみれば英太ってそんな人間じゃないんだよ。
この作品はどこまでいっても、四郎と未来の二人の物語だ。
そこに若干前作の人間が出てきても、本筋は彼ら二人なのだ。
だからこれでよかったと私個人は思う。
英太と侑子の関係のように、四郎と未来がある意味理想的な関係を築ければと願っている。
広島に戻ってからは、前巻で大きく人間関係が変化した広美さんとのやりとり。
この辺も前巻から少し時間が経っているみたいで気まずいと思いきや、なんだかご機嫌な広美さん。
恋愛において女に男は勝てないと森橋先生はおっしゃられてますが、その片鱗を見せる描写が多々あり女には勝てないなと改めて思いました。
てか親父の図太さすごいね本当尊敬しちゃう。
そこも込みで親父のことを四郎が認めることが出来たなら、それは一つの成長なのかなと。
嫌なものを嫌というのが子供なら、嫌なものをそんなものもあると受け流せるのが大人。
四郎が大人になることが、本作品の終着点なのかもしれませんね。
そのあと再会したのは、前巻で気まずい関係になった未来との対峙。
そりゃ自分のことを襲おうとしている人間と対峙するのは警戒心も大きくなるわけでして。
でもね、四郎は一年以上自分の想いを殺していたんだよ。
未来も気付いてはいたけど、もう少し四郎の想いを汲んで欲しかったかな。
「気遣いって時に人を傷付けるよな」
この一言に全てが集約されていると思う。
気遣いって本当に難しいね。
というわけでこの辺で一旦、区切りたいと思います。
気付いたら、過去記事引用と冒頭の駄文込みで3000文字越え。
ページ数的に50ページちょっと。
いくら二人の結婚で浮かれていたとはいえ、想像以上に書いてしまいました。
この辺で区切り、別の記事で続きを書こうかと思います。
あ、今回はきちんと終わりまで書きますよ?
それが、私が出来る森橋先生への最後の恩返しであると思うので。
それでは・・・