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東雲信者と、その未来。-一年目 冬-

自分の好きなものをだらだら語るブログ 基本的に森橋ビンゴ先生作品について あと好きなゲーム漫画とか

僕が森橋ビンゴ作品を100冊近く買った理由

この恋と、その未来。 森橋ビンゴ 東雲侑子

いよいよ発売が明日に迫った。

この恋と、その未来。 -一年目 冬-

 

『黒崎麻由』2巻、『この恋』3巻発売ですよ~! | FBにゅーぶろ

 

早いところは今日発売してるけど男は黙って発売日に開店凸。

ただの自己満足なので作品をどうしても明日手に入れれない方や、どうしても早く読みたい人はどんどん買ってくれると嬉しいな。(ステマ)

さて、今回のブログはどうしても明日の前に書きたかったので早い段階で書くことに。

 

5月30日

この日は特別な日である。

何故かと言うと、

「この恋と、その未来。 -一年目 冬-」が2015年5月30日の明日発売なのは当たり前であるが、この日はもうひとつ重要な日でもある。

2012年5月30日

「東雲侑子は全ての小説をあいしつづける」

www.enterbrain.co.jp

そう前作「東雲侑子」シリーズ最終巻の発売日であるのだ。

狙ってこの日にしたのか、たまたまなのかはわからないけれども思い入れのあるこの日に続編に当たる今作が発売するのはなんとも言葉にできない気持ちに浸る。

 

3年前。

「東雲侑子」シリーズが完結することが決まったとき、僕はとても複雑な気持ちになったのを今でも覚えている。

あれは最終巻の発売が決定した4月中だったと思う。

2巻に当たる「東雲侑子は恋愛小説をあいしはじめる」が2011年発売時点でこの作品は3巻で終わりそうな予感がした。

続いて欲しかったと言えばもちろんなのであるが、作品のペースと内容から3巻で終わる。良くて後日談として4巻目が有るか無いかというぐらいであると思っていた。

そして運命の日。

 

 

・「東雲侑子」シリーズ完結。

 

 

僕が「東雲侑子」シリーズを高く評価しているのは全3巻で完結したことであると思っている。

昨今、「名作=長く続く」という風潮であったり、人気が有るからだらだらと続く。

それらを否定する気は毛頭無いし、僕自身好きな作品が長く続いて欲しいと思うのは作品を愛するものとして当たり前の感情なのは重々承知している。

それでも僕はもう少しだけ「東雲侑子」シリーズに続いて欲しかった。

あれ以上の終わり時は恐らく無いし、あの作品はあそこで完結したからこそ、自分はこの作品をここまで愛しているのは重々分かっている。

それでも僕は「東雲侑子」という作品が終わってしまったということを今でも深く後悔している。

例えになるかどうか分からないが、寿命を全うした人が死んで欲しくないという気持ちに似ているかもしれない。

何が言いたいって結局人は自分の気持ちとは裏腹にこうしたいと思うことは多々あるのだ。

どれだけ美しく終わって満足しようが、終わって欲しくないと思ってしまう。

その作品を愛したからこそ、作品が続いて欲しいと思う気持ちが芽生えるのは仕方ないと思う。

「東雲侑子」シリーズが完結し、作品が美しく終わった。

その時僕は完結しよかったなと思う反面後悔した。

もし自分がもっとこの作品の良さを大々的にしていたらもっともっと続いていたのではないか?

何を言っているかと思うかもしれないし、高々一読者が広めたところで結果は変わらないかもしれない。

それでも何もできずに後悔するくらいならやって後悔しよう。

そう思った瞬間である。

 

 

・なぜ布教するか?

 

 

僕は今まで東雲侑子関連書籍を多く購入している。

具体的な数は覚えていないが、少なくとも50冊以上は購入し、布教し読んで欲しいと渡したと記憶している。

(ちなみに原作「東雲侑子」シリーズは全3巻、漫画版が全1巻である。)

「この恋と、その未来。」シリーズに関しても約50冊近く買ったのではないかと思う。(2015年5月29日時点で全2巻まで刊行。)

馬鹿だと思うし、愚かだと思われるかもしれない。それでも僕は買うことをやめる気はない。実際あほだと自分でも思うよ。

僕には文才が無い。作品の魅力をどれだけ貧相な僕の言葉で飾ろうにも、森橋作品を実際に読むことに比べれば魅力をまったく伝えれないと思っている。

僕にはこれしかない。どれだけ作品を愛しているのか伝える手段を僕は他人に知らせるとき、この方法しか僕は知らないのだ。

 

 

・作品の終わりとはある意味「死」である。

 

 

3年前、僕は非常に後悔した。

どれだけ後悔しても「東雲侑子」シリーズが再連載することは皆無に等しいし、どれだけ望んでも彼らの未来を知る術は無いのだ。

だから今「この恋」シリーズを布教しているのはあの時やれなかった後悔への贖罪でもあるし、僕自身の森橋先生への恩返しなのだ。

「この恋と、その未来。」シリーズは「東雲侑子」シリーズとリンクしている。

この事実と作品の面白さ。

この作品はもっと売れるべきであるし、僕自身面白いと思っている。

そしてなによりもあの時終わってしまったはずの「東雲侑子」シリーズの続きを作品は違えど、再び読むことができる。

今度はもう絶対に妥協はしない。

どれだけ罵られようとも僕はこの作品を自分ができる限り応援する。

僕は作品が終わってしまう恐怖を知っている。

もう続きを読めない恐怖を、己の無力さを嘆く日々の空虚さを。

もちろんだらだらと続くことによって愛した作品が下らぬ駄作に成り下がるかもしれないことも知っている。

事実僕の好きだった作品も一部終わらないかなと思うことが多々あったことは否定しない。

それでも森橋先生はそんなことをしないと信じているから最後まで走り抜けて、美しく終わって欲しいと願っている。

 

 

複数買いとは悪である。

 

 

僕自身はこう思っている。

森橋先生が複数買ってくれてもいいよと言っているのは事実だし、僕自身それに浮かれてあほみたいに買ったのは事実である。

それでも僕は複数買いは悪であると思っている。

 

そう我は人間と呼ばれる最悪の悪さ

あらゆる生命の支配 天敵は同種族

HYDEより「IT’S SAD」

 

どれだけ名作であろうと売れなければ終わるし、面白い作品は売れる。

僕は悪と言う複数買いをするが、それらは布教のために買っている。

自己満足だけど無知な僕が作品の魅力を誰かに伝えるとき、作品を呼んでもらう以外に伝える術を僕は知らないし出来ないのだ。

前にも述べたが終わることの恐怖を知っているからこそ、作品が続くことを願って僕は複数買いをする。

それ以上に布教は行う。そうじゃないと東雲信者を名乗れないし、信者と名乗っている以上これだけのことをする覚悟は出来ている。

東雲信者の名は伊達ではない。

 

最後に。

明日発売する「この恋と、その未来。 -一年目 冬-」

待ちに待った時が来た。

「東雲侑子」シリーズが完結して3年が経った。

あの時は完結したことを喜ぶと同時に自分の無力さを嘆いた。

今回は同じ3巻でもあの時と違って続きがある。

これ以上にうれしいことはそうそう無いだろう。

 

今度は後悔したくない。

願わくば「東雲侑子」シリーズと同様、いやそれ以上に美しく「この恋」シリーズが続き終わることが今の僕の望みである。

明日もブログ感想書けるといいなと思っている。

それではまた明日。